スポかご NEWS

「根性」「勘」「経験」

3K指導者の生き様
第1話

今回から全5話にわたり、吉川覚さん(清水中バスケットボール部監督)の指導者としての生き様を、その教子で、中学時代に共に九州制覇を果たした、仁サロン主催の古田仁と、サロンメンバーでもあり「スポーツで鹿児島を盛り上げよう!」をキャッチフレーズに独自の視点で情報を発信する政純一郎編集長による三者の対談動画をお届けします。

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「3K指導者」バスケット指導者への想い。他 第1話(全5話)

※出演全員にマイクがついていない為、音声が聞こえ難くなっておりますので、イヤホンやヘッドホンを使用して試聴頂けますと幸いです。

試合中、タイムアウトをとる。

 「このプレーは君が頑張ってやるんだよ!」

 集まってきた孫のような年代の中学生を相手に語る口調には力強さと説得力を感じる。バスケット素人の人間が聞いていても、心の底から燃えて何か「やってやるぞ!」という気持ちになる。
 鹿児島の中学バスケットボールの歴史の中で2020年現在、男子で九州を制したことがあるのは1981年夏の伊敷中のみで、その時の監督だった。「僕は根性、勘、経験の3K指導者。一番良くない指導者なんですよ」と自嘲気味に語る。
「ただの勘じゃない。客観的な経験の積み上げの中からふっと閃く勘を持っていた先生でした」と伊敷中九州優勝メンバーの1人、古田仁さんは言う。「子供たちを優勝させてあげたい!」という燃えるようなど根性が根底にあり、客観的な「経験」を丹念に積み上げながら、閃く勘も大事にする。本物の3K指導者の生き様が感じられた。

【 指導者になりたい!】

 少年時代は「身体は小さかったけどとにかく元気があった」。64年の東京五輪に向けて日本の体操が華やかだった頃で「本当は体操をやりたかった」が鴨池中には体操部がなかった。中2の夏休みの後、「とにかく元気だった」のを買われて誘われたのがバスケットを始めたきっかけだった。
 プレーヤーとしての実績はほとんどないが「とにかくバスケットの指導者になりたくてたまらなかった」。学生時代、大学を卒業したての先輩教員が中学や高校に赴任し「3年後に優勝させる!」と宣言して、実際その通りに優勝させた姿を見ていて、自分もそんな指導者になりたいという憧れを抱いた。中学、高校で、ちゃんとした指導者に教わったことがなかったので選手よりも指導者になりたい気持ちの方をより強く持つようになった。

2校目、29歳で赴任した河頭中はバスケット部がなかった。最初は剣道部の副顧問をしていたが、連休中にあった大会に引率で生徒を連れていくと、まだ会場について間もないのに、周りにいる身体の大きな他校の選手たちをみただけで戦意喪失した部員たちをみてショックを受けた。
 当時の河頭中はどの部も弱小で、初戦の対戦が河頭に決まると相手が喜ぶような学校だった。その頃、部活動にそもそも入っていない生徒が全体の約6割いた。子供たちや学校に染みついた「負け犬根性」を何とかしたいと思い、連休明けに「バスケット部を作らせてください!」と直訴した。最初は多くの同僚に反対されたが、「若い先生が情熱をもってやろうというのだから、やらせてあげましょうよ」と言ってくれたベテランの先輩教師のおかげで創部にこぎつけることができた。

【3年後に県大会優勝】

 「3年後には県で優勝しようね!」
最初に声を掛けて入ってくれた1年生男子4人の家に家庭訪問してそんな言葉をかけた。根拠は何もない。ただ自分の強い夢や想いがあるだけだ。創部1カ月にも満たない時期に初めて出場した県選手権では東串良中に1-113で負けた。入ったのはフリースローの1本だけ。ドラマ「スクールウォーズ」を再現したかのような惨敗だった・・・( 続く )

文:政 純一郎

くめ

中学時代私は、バスケットをしており出演されているお二方には非常にお世話になりました。動画第1弾は非常に楽しく拝見させていただきました。続編を心待ちにしております!

政純一郎

予想以上に素晴らしい出来に感動です!

有限会社ヒューマンケアドリーム

代表取締役社長
仁サロン主宰

古田

Furuta Hitoshi

仁サロン主宰。
サロンメンバーを中心に「夢実現」へ導き、メンバーの事業に対しても、新たな取組み、コラボ、橋渡しを行う。

今回の登場する吉川先生は、中学校バスケット部の頃の顧問。その際に九州チャンピオンになる。

詳しくみる→

バスケットボール監督

元中学校教師
 

Yoshikawa Satoru

1945年9月1日生まれ。
南さつま市加世田出身。鴨池中、鹿児島玉龍高、鹿児島大卒。
中学体育教員として東郷中、河頭中、伊敷中を経て行政へ。重富中、緑丘中で校長。

スポーツかごんまNEWS

編集長
 

一郎

Tsukasa Junichirou

仁サロンメンバー。
NPO法人スポーツかごしま新聞社運営「鹿児島のインターネットスポーツ新聞」編集長。
「鹿児島のスポーツを盛り上げよう!」「スポーツで鹿児島を盛り上げよう!」をキャッチフレーズに鹿児島のスポーツ界を独自の視点で発信。

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